人間臨終考2026~チェ・ゲバラ(前編) だって海や空は繋がっている

生涯を通して一つの国に縛られず世界を駆け抜けたチェ・ゲバラ。キューバ革命の英雄となった彼の生き様、死に様から見えてくるものとは。大量の高市チルドレンが誕生した最近の情勢を踏まえて加筆しました。3回に分けてお届けします。
森達也 2026.03.03
読者限定

チェ・ゲバラ(1928〜1967) 享年39

Che Guevara

瞼を刺すまばゆい光にチェは目を開けた。薄いレースのカーテン越しに朝日が差し込んでいる。ホテルの一室のようだ。ベッドに横になったまま、チェはゆっくりと室内を見回した。広くはないが綺麗な部屋だ。よく糊のきいたシーツも清潔だ。でもどこのホテルだろう。そもそも自分は昨夜、何をしていたのだろう。

再び眼を閉じかけてから、眠る直前の記憶をふと思い出し、チェは激しい勢いで上体を起こした。ボリビアのチューロ渓谷近くにあるイゲラ村の小学校だ。政府軍兵士が撃った機関銃で足を負傷して、逃げる途中で拘束された。後ろ手に縛られて、さらに毛布でぐるぐる巻きにされた。足の怪我はそのままだ。

誰もいない小学校の教室の床に転がされながら考えた。ボリビアは死刑制度を廃止している。でも反政府軍を率いていた自分が、捕虜として生きたまま裁きを受けるとは思えない。ここで処刑されるだろう。39年の生涯がもうすぐ幕を閉じる。長いのだろうか。短いのだろうか。過ぎてしまうとよくわからない。仕方がない。いつかはこんな日が来るとわかっていたはずだ。あのまま第2の故郷であるキューバにとどまるべきだったのか。でもそれはできなかった。全世界を社会主義化する。それは母セリアの願いであり、最初の妻イルダの夢でもあり、自分の希望でもあった。そのためにボリビアに来たのだ。誰に強制されたわけでもない。自分で選んだ人生だ。足の出血は続いている。毛布は血でぐっしょりだ。少しずつ意識が遠くなる。

……記憶はそこで途絶えている。ベッドの上で上体を起こしたその姿勢のまま、チェはもう一度部屋の中を見渡した。静かだった。銃声も聞こえないし硝煙の匂いもしない。窓の外からは鳥の鳴き交わす声が聞こえる。

チェはゆっくりとベッドから立ち上がった。なぜか素裸だ。足に怪我はない。治ったということではない。銃弾は右の太ももを貫通していたはずなのに、傷跡すらまったくない。ならばあれは夢なのだろうか。ボリビアで政府軍と銃撃戦を行い、足を負傷して拘束されたことは現実ではないのだろうか。

とにかく素裸のままではまずい。ベッドのわきに畳んで置かれていたパジャマに袖を通す。上下がつながっていて紐で締めるようだ。ずいぶん昔にどこかで着た覚えがある。

少し考えて思いだした。日本のホテルだ。若いころは南米のほとんどの国を放浪し、キューバ革命を達成した後はエジプトやシリア、ユーゴスラビアやインド、ガーナなどを親善使節団の団長として訪ねたが、ホテルの部屋にパジャマが置いてあったのは日本だけで、なるほど気遣いの国なのだと感心した。ならばここは日本なのか。いや仮にそうだとしても、やはりこれはありえない。最後の記憶はボリビアだ。足の出血は続いている。意識が遠くなりかけたとき、教室の扉が開き、サブマシンガンを手にした数人の兵士が入ってきた。その表情は明らかに緊張していた。上官に射殺しろと命じられてきたのだろう。銃口が向けられた。あの状況から助かるはずがない。確かに自分はボリビアで死んだはずだ。

「ダチ」の軌跡

チェの本名はエルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ。チェは愛称だ。日本語でそのニュアンスを伝えることは難しいけれど、敢えて翻訳すれば「ダチ」。

1928年にアルゼンチン第2の都市であるロサリオで生まれたチェは、早産だったこともあって生まれつき病弱だった。父であるエルネスト・ゲバラ・リンチと母であるセリア・デ・ラ・セルナは、経営していたマテ茶農園を処分して大きな病院のあるブエノスアイレスに移るが、チェの健康状態は好転しない。しかも喘息の発作も起こし始めた。造船業を始めていたエルネストは経営権を売却して、アルゼンチンでは避暑地として有名なコルドバのアルタ・グラシアに転居することを決意した。

しかしその後もチェの喘息は悪化するばかりで、結果として小学生時代のチェは、ほとんど学校に通えなかった。教師に代わって彼を教育したのは、母親であるセリアだった。

少しずつ健康を取り戻したチェがハイスクールに進んだ1941年、真珠湾に停泊していたアメリカ太平洋艦隊が大日本帝国海軍から奇襲されて太平洋戦争が勃発した。そして戦争が終結した翌年である1946年、軍人出身のホアン・ドミンゴ・ペロンが、アルゼンチン大統領に就任した。

労働運動を支援するなど左派の政治家ではあるけれど、陸軍時代に駐留していたイタリアでムッソリーニの影響を強く受けたペロンは、反対派を強制収容所に投獄するという独裁的な要素もあった。

チェにとってセリアは聡明で強い母親だった。敬虔なカトリック教徒であることが当たり前のアルゼンチンで無神論者であることを隠さず、また社会主義者であることも公言していた。キューバ時代のチェに送った手紙で、セリアは自分を「全世界が社会主義になることを期待しているひとりの老女」と表現している。

この時期に国民から強い支持を受けていたペロンの社会改革がポピュリズム的な大衆迎合であることをセリアは早くから見抜き、いずれはムッソリーニ的なファシズム政権になるとチェに教えていた。

1948年、ブエノスアイレス大学医学部に入学したチェは、在学中に南アメリカを放浪する旅を経験し、1953年には医師免許を取得した。しかしセリアの予測どおりに独裁色を強め始めていたペロン政権下で働くことを忌避したチェは、卒業後に再び南アメリカを放浪する。

今の政権が嫌だから他の国に行く。とても自由だ。アルゼンチンで生まれながらキューバ革命の英雄となり、最後はボリビアのジャングルで死んだチェ・ゲバラの生涯を考えるとき、この国家観は重要なポイントだ。ブラジルを除くラテンアメリカ諸国のほとんどがスペイン語圏であることも要因だろうが、チェはその生涯を通して、ひとつの国家に縛られない姿勢を貫いた。言い換えれば国境という意識が薄い。だって海や空は繋がっているのだ。国家とは何のためにあるのだ。人を不幸にするばかりじゃないか。こんな壁や塀はそろそろなくせばいい。

2度目の旅でチェは、グアテマラやメキシコで街頭写真屋や病院の下働きなどで生計を立てていた。今でいえばモラトリアムだ。ペルーではハンセン病の療養所で働いている。多くの国々でチェは、ラテンアメリカの矛盾や暗部を見た。資本家や政治家に搾取され、苦悶の声をあげる貧しい人たちと出会った。

1954年、チェは最初の妻となるイルダ・ガデアにグアテマラで出会う。ペルー大学の経済学部を卒業したイルダは、共産党に入党して革命運動に身を投じたためにペルーを追われ、このときはグアテマラに亡命していた。2人の出会いと自分の役割についてイルダは、後に以下のように回想している。

「妻としてのわたしは、彼が自分の胸に描いていたことを明確に把握させるために貢献したと信じています。彼がわたしと知り合ったとき、彼にとって革命は抽象的、理論的なものでしたが、わたしにとっては革命とはつねに、わたしの抗議の生活の目的でした。」

「潮」1968年7月号

実際にチェは、イルダから大きな影響を受けた。革命家として生きることを決めたのも、おそらくはこの時期だ。その意味では母と妻によって、革命家チェ・ゲバラは造形されたということになる。

彼に限ったことではない。ジョン・レノンにはヨーコがいたし、リーゼントでポップソングを歌っていたボブ・ディランはスーズ・ロトロ(社会改革運動家)やジョーン・バエズなど恋人たちの影響を受けてプロテストソングを歌い始めた。サルバドール・ダリの奇行の多くは妻であるガラの指示のもとに行われていて、ガラが死んだときに「人生の舵を失った」と発言したダリは、以降は創作活動をいっさい停止した。大杉栄にとっての伊藤野枝。非暴力・不服従の思想をガンジーに教えた妻のカストゥルバ。他にもそんな事例はいくらでもある。

男は女によって造形される。もちろん逆の場合もある。でも男が女に影響を受けるほうが、結果として良い仕事に結びつくことが圧倒的に多い(女性が表舞台に立つことは昔も今も難しいということを表している、との見方もできるけれど)。

イルダはチェに社会福祉や革命の必要性について語り、差別や貧困に苦しむ人々を救わねばならないと説き、自分の知り合いの運動家や革命家、そして多くの亡命キューバ人を紹介した。こうして1955年、反体制の政治犯として祖国キューバの刑務所から出所した29歳のフィデル・カストロは、メキシコで27歳のチェと出会うことになる。

そしてチェは日本にいた

ベッド横のサイドテーブルに置かれていた電話のベルが鳴った。しばらくためらってから、チェは静かな動作で受話器をとった。

「ゲバラさん。お早うございます。今日の予定です。9時に国会に初登院です。メディアからの取材もあると思います。服装はどうなさいますか。いつもの戦闘服でよろしいでしょうか。ベレー帽はいくつか用意したので、車の中で選んでください。それと登院のあとは……」

「君は誰だ」

この記事は無料で続きを読めます

続きは、5491文字あります。

すでに登録された方はこちら

サポートメンバー限定
「反ユダヤ主義」という言葉が覆い隠すもの イラン攻撃、ガザで露わになっ...
読者限定
人間臨終考2026~チェ・ゲバラ(後編) 民主主義が独裁を促進する
サポートメンバー限定
核兵器は「反イスラム」だったのに… トランプ氏のイラン攻撃という愚かな...
読者限定
人間臨終考2026~チェ・ゲバラ(中編) なぜ日本人の多くは…
サポートメンバー限定
変わらない日本の政治、自民党って何だろう?  情報弱者の僕が衆院選で抱...
読者限定
人間臨終考2026~ブッダ(後編)「生」と「死」と「信仰」と
読者限定
人間臨終考2026 ~ブッダ(前編)「中道」の本質とは
読者限定
NHKが選んだ「暗さ」は何を映すのか 「ばけばけ」からメディアの存在意...