人間臨終考2026~ビン・ラディン~(後編)
ウサマ・ビン・ラディン(生年不詳~2011)
Usama bin Ladin

実のところビンラディンについては、生まれた年すらよくわかっていない。1957年か1958年という説が一般的だけど(本人はインタビューで1957年生まれと語っている)、アメリカ国防総省は1955年生まれとしていた時期もある。ビンラディンの母親についてはシリア人というのが定説だけど、パレスチナ人だといわれた時期もある。英国インディペンデント紙によれば、ビンラディンには3人の妻がいたとされるが、4人という説もある。子供の数は15人程度と伝えたのはAP通信だ。これも諸説ある。
同時多発テロについても、誰がどのように企画し立案したのか、どのようにメンバーが決められたのか、作戦の詳細はほとんど明らかにされていない。ハイジャックした旅客機を貿易センタービルやペンタゴンに激突させるというプランそのものは、アルカイダ幹部のハリド・シェイク・モハメドが企画し、ビンラディンに進言したとの説もある。
いずれにせよ同時多発テロはアメリカを変えた。歴代で最も人気のない大統領と言われていたブッシュへの支持率は急激に上昇してネオコンの勢力拡大を招き、愛国法を制定したブッシュ政権は、国民の強い支持を背景にアフガンやイラクへと武力侵攻した。
憎悪と報復、そして陰謀論
同時多発テロで喚起された過剰なセキュリティ意識と治安への希求は、安心したいがために仮想敵を求め、自衛を理由に攻撃をしかけ、アメリカは憎悪と報復を世界中に撒き散らした。過去形ではない。それは現在進行形で続いている。なぜならいったん発動した危機管理意識は、力で仮想敵を殲滅しても決して鎮静はしない。敵が見えない状態が怖くなり、新たな仮想敵を求めてこれを可視化しようとする。米国務省の年次報告書によれば、同時多発テロから二年後の2003年には208件しか起きていなかった世界のテロは、2005年には1万1111件に急増した。テロの定義が変わったことで件数が増えた可能性はある。でもそれを差し引いたとしても、この数字の増加は急激すぎる。
こうした流れと並行するように、陰謀論も盛んに取りざたされた。ビンラディンとブッシュ(とその一族)は実のところ裏で結託しており、軍需産業との結びつきが強いネオコンと同調しながら同時多発テロを引き起こしたとの説だ。2004年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した映画『華氏911』でマイケル・ムーアもこの説をとりあげているし、アメリカではこの見方を肯定する多くの書籍も出版されている。
ネット上で増殖する謀略論そのものは、ほとんどB級ハリウッド映画の世界だ。ただし確かに、同時多発テロの全貌はまだ明らかにされていないし、謎や不自然な要素は数多い。その意味では、オウム真理教が起こした地下鉄サリン事件と似ている。さらに被害側の意識も、よく理解できない宗教集団から理不尽で残虐な攻撃をいきなり受けて多くの人が犠牲になった、という文脈では、驚くほどに一致している。
もちろん、世界三大宗教のひとつであるイスラムとオウムを同列に置くべきではないが、キリスト教を信仰するほとんどのアメリカ人にとって、イスラム過激派の思想や構造は意味不明だろうし、何よりも自分たちがそれほどに恨まれる理由は、ほぼ理解してないだろう。
だからこそ地下鉄サリン事件が起きた1995年以降、日本で始まったセキュリティの希求と集団化は、2001年の同時多発テロをきっかけにアメリカでも駆動し、そのアメリカがイラクを攻撃したことで生まれたIS(イスラム国)は世界中でテロを起こし、その不安と恐怖を燃料に世界レベルで集団化が始まった。
被虐と加虐というメビウスの輪
サウジアラビアの大富豪の息子として生まれたビンラディンは、アフガニスタンにソ連軍が侵攻した1979年に、ムスリムを解放するという名目でアフガニスタンに赴き、豊富な資金をバックにムジャヒディンのリクルートや訓練に大きな役割を果たしていた。このときはソ連という共通の敵を見出したCIAが、ビンラディンの後ろ盾になっていた。つまり、かつてアメリカとビンラディンとは蜜月だった。だからこそ陰謀論が浮上する。
ならば解明せねばならない。なぜビンラディンは、同時多発テロを実践するほどにアメリカを憎んだのか。その理由としてビンラディンは、アメリカがサウジアラビアに軍を駐留させたことを同時多発テロ直後の声明で指摘したけれど、それだけではないはずだ。
1996年に「聖地を占領する米国人に対する宣戦布告」と題した声明を発表したビンラディンは、アラブ世界で大量のムスリムの血が流されている背景にはイスラエルとアメリカのプレゼンスがあり、そのアメリカの傀儡となったサウジアラビアも同罪であり、今のムスリムにとって信仰の次に重要な使命は聖地から米軍を追い出すことであるとの論旨を展開している。一部の理はある。イエスを殺した民として長くキリスト教徒から迫害され、さらにはホロコーストによって徹底した被虐の民となったユダヤ人は、その被害者意識を紐帯にしながら、約束の地にイスラエルを建国した。高揚した危機意識は自らを守るために敵を探し、その帰結としてイスラエルは、周辺の中東諸国に対して常に牙をむいている。つまり被虐と加虐がメビウスの輪のように転換しながら、9・11以後のアメリカとこれを包含する現在の世界に連鎖している。
いずれにせよ、同時多発テロには多くの謎や未解明な要素がある。そもそもビルがあれほどあっさりと崩落することを、ビンラディンが予見していた可能性はとても低い(ほとんどの人は、そんな設計だとは知らなかったのだから)。
だから僕は想像する。貿易センタービルが崩落したその瞬間、アジトでCNNの映像を眺めていたビンラディンは、両手で顔を覆いながら「OH MY GOD!」と叫んだかもしれないと。でもおそらくは同時に、「アッラーフは我々のこの戦いを支持しているのだ」と思った可能性もある。正確にはわからない。そもそもビンラディンがどれほどに敬虔なムスリムだったのか、それもわからないのだから。
「ジェロニモを寝室で発見」
激しい爆音と振動でハサンは目を覚ました。真夜中だというのに部屋の中は異様なまでに明るい。灯りがついているわけではない。裏庭に面した窓を塞ぐ厚いカーテンの隙間から、強烈な光が差し込んでいるのだ。
あわててベッドから下りようとしたその瞬間に、下腹に響くような銃撃音が響き始め、ハサンはベッドの下のわずかな隙間に身をよじらせながら潜り込もうとした。しかし同時に扉が蹴破られ、数発の銃弾が動けないハサンの胸とこめかみを貫いた。
2011年5月1日未明、邸宅上空に飛来した二機のブラックホークから降下した15名の米海軍特殊部隊SEALSは、数分で邸内に侵入し、一階にいた二人の護衛を射殺した(その一人がビンラディンの息子であるハムザだったことを、大統領補佐官は後に認めた)。
三階の自分の部屋で眠っていたビンラディンは、ブラックホークが降下してきたときから目覚めていた。階下で銃撃音と悲鳴が聞こえる。でも攻撃する側の男たちは終始無言のようだ。