人間臨終考2026 ~ブッダ(前編)「中道」の本質とは

書き残した文字はないと言われるブッダの考えはどうやって後世に伝わったのか。そして、他の宗教家との最も大きな違いとは――。昨今の世相を踏まえて加筆した「臨終考」を2回にわたってお届けします。
森達也 2026.02.01
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ブッダ(前463~前383)

Buddha

作画:森達也

作画:森達也

ブッダは80歳になった。当時の平均寿命を考えれば相当に長命だ。さすがに最近は食がかなり細くなってきてしまったけれど、目も耳もほとんど衰えていないし、足腰もしっかりしている。記憶力も若いころとほとんど変わらない。

でも愛弟子のアーナンダを引き連れて町や村を回って教えを説きながら、今回の旅が最後になるであろうことを、ブッダは何となく予感していた。だから説法も、これまで以上に熱がこもっていた。

旅を始めて2回目の雨期が終わるころ、ブッダは高熱を発した。身体の中で何かが発火したかのように高い熱だった。うろたえたアーナンダは近くの村に救いを求めたが、なぜかブッダは村人たちが持ち寄った薬を飲もうともしないし、宿の提供に対しても応じない。

数日が過ぎるころ、やっと熱は下がり、ブッダは身体を起こすことができるようになった。アーナンダは子供のように大喜びだ。

愛弟子アーナンダ

ブッダの十大弟子のひとりであるアーナンダは、自らの出家からブッダが死ぬまでの25年間、まるで付き人のようにブッダの傍にいて、身の回りの世話を任されていた。だからこそ生前のブッダの話を最も多く聞いた弟子であり、同時によく記憶していたので、「多聞第一」と称されている。しかし完璧ではない。このときも大喜びで走り回ってハチの巣を蹴飛ばして、怒ったハチに追いかけられて頭を抱えながら逃げ回った。

「……まるで漫画のような展開だ」

悲鳴をあげながら遠ざかる愛弟子の後ろ姿を眺めながら、病み上がりのブッダは唖然としながらつぶやいた。

そもそもアーナンダは修行の進展が遅い。他の9人の弟子たちはとっくに成就している阿羅漢果(あらかんか)を(*1)なかなか習得できず、結局はブッダが死ぬまで成就できずにいた。つまり劣等生だ。しかも中途半端にイケメンでもあった。だから身の回りに女性問題が絶えない。

ブッダの死後、その教えを公式に確認しながら確定する作業を、残された弟子たちは何度か行った。この経典結集の際に、最も中心になったのはアーナンダだ。今も残る漢訳経典に何度も出てくる「如是我聞(にょぜがもん)」という定型句は、アーナンダの言葉と考えられており、「ああ、それ聞いたもんね」とでも訳せばよい。どうも軽い。しかもいつも聞くだけなのだ。だから他の弟子たちからは、「何でもっと深い意味を質問しなかったのか」などと叱られている。

紀元前5世紀ごろ、現在の東インドのガンジス川流域からヒマラヤ山脈の麓にかけての地域には、多くの小さな国がひしめき合っていた。そのひとつがシャカ族の国だ。治めていたのはシュッドーダナ国王。その妃であるマーヤーがお産のために実家に里帰りする旅の途中、男の子が妃の右の脇腹(あるいは脇の下)から生まれ落ちたと伝えられている。

男の子はゴータマ・シッダールタと名づけられた。ゴータマの意味は「最上の牛」。シッダールタの意味は「目的を達したもの」。シッダールダはともかくとして、なぜ名前に「牛」なのかといえば、当時のインドでは牛を神聖な動物として崇めるバラモン教を信仰していたからだ。だからバラモン教とウパニシャッド思想を背景に成立したヒンドゥー教が主流である現代インドにおいても、牛は神聖な動物とされていて、決して食べられることはない。つまりインドでは(原則的に)ビーフカレーはない。

「神格化」のプロセスとは

シッダールタは生まれてすぐに立ち上がり、右手で天を、左手で地を指差しながら、「天上天下唯我独尊」と言ったと伝えられている。ヤンキーたちが学ランの裏地に縫い込むようなフレーズだが、この意味は「世界で俺がいちばん偉いんだぜ」ではなく、「どんな命もひとつだけで尊いのだ」と訳したほうが正確だ。

もちろん実際に言ったわけではないだろう。言ってみれば神格化だ。でもならばなぜ、このような神格化が行われたのだろう。

当時のインドで信じられていたバラモン教は、牛を神聖な動物にするだけではなく、司祭階級(バラモン)を最上位に置くカースト制度を、何よりも重要な教義としていた。バラモンの次はクシャトリヤ(戦士・王族階級)、次はヴァイシャ(庶民階級)、そして最後はシュードラ(奴隷階級)だ。これらの階層はとてもはっきりと分割されていて、違う階層同士の結婚など絶対に許されない。だからシュードラの子供はやっぱりシュードラだ。いくら努力しても変わらない。

しかもカーストは4つだけではない。これらのカーストに収まらない人たちはパンチャマ(不可触民)と呼ばれ、仕事は自由に選べないし、生まれた場所からの移動も許されないなど、最下層の人として徹底して差別されていた。

王の息子として生まれたシッダールタの階級はクシャトリヤだ。おまけに何不自由なく暮らせるほどに裕福だ。普通なら不満など持たない。でもシッダールタは生まれてすぐに、このカーストを否定した。すべての人は平等なのだと宣言した。つまり「天上天下唯我独尊」は、バラモンファーストなど差別の内在化を前提にするバラモン教に対しての明確なアンチテーゼなのだ。

同様にシッダールタが母親であるマーヤーの脇腹から生まれたとの説も、とても難産だったことを表していると解釈することができる。なぜならシッダールタを産んでから7日目に、マーヤーは亡くなっているからだ。

生まれてすぐに母親を失ったシッダールタは、叔母であるマハー=パジャーパティを母親代わりにしながら成長した。父親であるシュッドーダナ国王からも充分に愛されていた。3つの宮殿を季節が変わるごとに移り住み、とても優雅な生活を送っていた。

やがて16歳になったシッダールタは、同じシャカ族の娘であるヤソーダラと結婚して、生まれた息子はラーフラと名づけられた。優しい妻と可愛い息子。慈悲深いシュッドーダナ国王の治世にシャカ国の民は満足している。クーデターの心配もない。普通なら趣味を見つけるか享楽に溺れる。鉄道模型とかフィギュアとかギャンブルとか。ゴルフや(年齢的には)アイドルの推し活を始めても不思議はない。でもシッダールタはそれどころじゃない。ずっと悩んでいた。何に悩んでいるのか自分でもわからない。食べるものも着るものも充分にある。でも何かが足りない。何かが欠けている。それが何かわからない。

「四門出遊」 そして修行の旅へ

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