NHKが選んだ「暗さ」は何を映すのか 「ばけばけ」からメディアの存在意義を改めて考える
録画したNHK朝ドラ「ばけばけ」を観ている。
朝ドラについては、これまで「虎に翼」や「あんぱん」、少し前だけど「あまちゃん」は観ていたが、録画してまで観ようとはしなかった。
でも「ばけばけ」は録画している。理由はもちろん「面白い」から。小泉八雲の生涯についてはある程度は知ってはいたが、当然「ある程度」だ。ましてや妻となった小泉節子(セツ)については、ほとんど知らなかった。
でもそれだけじゃない。「ばけばけ」はドラマとしてかなり先鋭的だ。最初はテレビが壊れたのかと思った。暗い。とにかく暗い。朝ドラというフォーマットが長年維持してきた〈誰にでも見やすい〉照明設計を、この作品はほとんど無造作に裏切っている。

ホラー映画などで主人公たちが夜の森を逃げるとき、なぜこんなに夜の森が明るいんだよといつも不満だった。もちろん理由はわかっている。暗いと見えないから。それはそれで尤もであるけれど、もう少しぎりぎりにできるはずなのにとずっと思っていた。
「親切さ」への挑発
怪談を好んだヘブン(ハーン)を主軸としたドラマだけど、少なくとも「ばけばけ」はホラーじゃない。でも闇が多い。特に貧しい小泉家のシーン。家族の顔の半分は影に沈み、輪郭が溶ける。表情がわからない。一回や二回じゃない。毎回だ。ならばこれは公共放送としてのNHKが長年培ってきた「親切さ」への挑発だ。