「自分は何を見せられているのか」 メディアの都合で空気に放たれた情報は、二度と消せない

夜のニュースを観ながら僕は唖然とした。「自分は何を見せられているのか」。一人の女性の顔が全国にさらされていた。一度空気に放たれた情報は二度と消せない。司法ではなくメディアが社会的制裁を下す異常さ。都合よく実名と匿名を使い分ける日本の報道に、強い違和感を持っている。
森達也 2026.07.20
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7月2日夜、僕はTBS系列のNEWS23を見ていた。観始めてすぐ、22歳の女性が70代男性に恋愛感情を抱かせて約42万円を騙し取ったというニュースが始まった。女性が男性に送ったメッセージは「愛しているよ」。さすがにトップではないけれど、番組が始まってからそれほど時間は経っていないから、事件報道としては相当に大きな扱いだ。尺も相当に長い。事実関係を伝えるだけではなく、別撮りした被害男性のインタビューも組み込まれている。

観ながら僕は啞然としていた。言葉にすれば、「自分は何を見せられているのか」という感覚。ちなみにTBSニュースをウェブでまとめているTBSDIGでは、以下のタイトルでアーカイブされていた。

「愛してるよー」妻亡くした70代男性に恋愛感情抱かせ…約42万円だまし取ったか 22歳の女逮捕  

2日のNEWS23では、22歳女性の実名はもちろん、顔写真や護送される際の映像なども、すべて公開されていた。被害男性へのインタビュー(首から下の映像で声も変えられている)も収録されていて、二人のやりとりを示すスマホの画面をインサートしながら番組は、タイトルに使われた「愛してるよ」だけではなく、いろんな理由でお金を無心するメッセージが男性に送られてきたことや、約42万円をねだったときの理由は「大学院の受験料・入学金」だったことなどを説明する。何度も挟み込まれる女性の護送時の映像は、俯いていた彼女が顔を上げて上目使いにカメラを見つめる一瞬をわざわざフリーズして、そこにナレーションをかぶせている。誰だってそうなると思うが、上目使いにカメラを観る一瞬をフリーズすれば、何かを企んでいるかのような表情になる。

NEWS23だけではない。TBSは翌日の情報系番組でも、ほぼ同じ編集でこのニュースをとりあげていた。それも一回や二回じゃない。つまりTBS報道部のこのときの推しのニュースということになる。

全国放送が与えた「重すぎる社会的制裁」

……ここまでは記憶で書いている。前述したTBSDIGを含めてネットでは、見出しやタイトルを見つけることができるが、動画や記事本文は削除されている。さすがにこれは恥ずかしいとの声が内部で上がったのか(そうであってほしい)。あるいは外部からの批判の声が多かったのか。それとも(女性の)弁護士や家族からクレームが入ったのか。その事情はわからない。NHKを含めて他局のニュースで、(すべてをチェックできないので正確ではないが)この事件をとりあげた痕跡は見つからない。まあ当然だ。ならばTBS報道部は、これはスクープだと本気で思っていたのだろうか。

ネットの底は深い。僕のレベルでは無理だが、その気になれば彼女の顔写真や動画や名前を探り当てることはきっとできる。だからTBS報道部に訊きたい。世界では日々いろんなことが起きている。多くの人が今も苦しみながら助けを求めている。伝えるべき戦争や紛争はたくさんある。そんな状況でこのニュースを、全国民に伝える価値があるとあなたたちは本気で思ったのか。編集しながら、放送中に、あるいは放送後に、なぜこんなニュースをとりあげているんだ、と声をあげる人はいなかったのか。

ワイドショーならば、このニュースに飛びつきたくなる理由は(ある程度は)わかる。多くの視聴者が関心を示すロマンス詐欺だ。しかも男性は70代で女性は20代。妻に先立たれた男性は、食事の相手が欲しいと考えて、マッチングアプリを利用してこの詐欺に引っかかったと証言している。番組の視聴者は高齢者が多いだろうし、当然ながらネットやSNSに精通もしていない。ならば警鐘になる。多くの人が関心を示す。

でもNEWS23は報道部が制作する報道番組だ。権力監視や弱者救済を身上とするジャーナリズムが基盤のはずだ。ニュースの優先順位はそれでいいのか。

容疑者は初犯らしい。被害額もそれほど大きくない。仮にこの後、彼女の両親などが被害を弁財するなど示談に持ち込めば、不起訴処分(起訴猶予)となる可能性は低くはないし、裁判までいったとしても、執行猶予がつく可能性は高い。

でも全国放送のテレビで、彼女は名前と顔を晒された。こちらのほうがはるかに重い懲罰だ。司法ではなくメディアによって懲罰を与えられる。それはジャーナリズムとして正しい姿勢なのか。

もし森達也が逮捕されたら?

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