人間臨終考2026 ~ガガーリン 【後編】

ガガーリンとチトフが死後の世界で対話する後編。「作られた英雄」だと詰め寄るチトフの前に、男が現れた。明かされるのは、ガガーリンが選ばれた真実。国家という意思に翻弄された彼らが下す、最後の決断とは。
森達也 2026.09.18
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ガガーリン(1934〜1968、享年34)

Gagarin

森達也作(AIのアシストも使って作成しました)

森達也作(AIのアシストも使って作成しました)

ガガーリンは黙り込んだ。その口もとに笑みはもうない。

「おやおや、自分が死んだ理由を忘れたのかな」とチトフが楽しそうに言う。「君は飛行機事故で死んだ。1968年だから宇宙の周回飛行からたった7年後だ。でも君が死んだことを知る人は、実のところとても少ない。当時クレムリンは、このニュースが広まることを喜ばなかった。地球周回軌道の英雄が飛行機事故で死んだのではしゃれにならない。おまけに君は事故当時、酒に酔っていたとの噂もある」

「それは嘘だ」

ガガーリンは言った。予期していた答えだったのだろう。真剣なその表情を眺めながら、チトフはにこにこと嬉しそうだ。

宇宙飛行士引退後のガガーリンは、軍の飛行指導官になるための勉強を始めた。しかし世界の英雄に国家は自由を与えなかった。いつも強要される爽やかな笑顔。浴び続ける多くの羨望の眼差し。労働者階級の英雄として称えられながら、やがてガガーリンは、飲めない酒を毎夜のように飲むようになる。

後にソ連を解体に導いたミハイル・ゴルバチョフが書記長に就任した翌年である1986年、ペレストロイカの一環として発表された事故原因調査資料によれば、ニアミスした空軍機の衝撃波に巻き込まれてガガーリンの練習機は操縦不能になったとの可能性が示唆されている。しかしあくまでも示唆だ。断定ではない。だからこそ逆に、ガガーリンが酩酊状態でコックピットに座っていたとの説の信憑性が高まった。

「……なぜ君は、それほどに僕を苦しめようとするんだ?」

やがてガガーリンは、顔を伏せながら言った。

「ゲルマン、結果的に君は私の次に周回飛行しているじゃないか。僕の場合はただ座席に座っているだけだったが、君は宇宙で初めて食事をした人でもあるし、操縦桿も握っている。僕よりはずっと意味ある搭乗だったはずだ」

「でも私の名前を知る人はほとんどいない。ところがガガーリンの名前は、打ち上げからちょうど半世紀が過ぎた今も、世界中の人々が知っている」

「………」

「結局のところ多くの人にとって興味あることは、中身ではなく順位なのだ。ただし君のほうが私よりも宇宙飛行士として優れていたのなら、それはそれで仕方がない。でも事実はそうじゃない。君はその人当たりの良さで、セルゲイに好かれていただけだ。だからこそ一番手に選ばれた」

語られた選考の真実

「それは少し違う」

不意に横から野太い声がした。猪首でがっしりとした体躯の男が、いつのまにか2人の横にいる。

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